以上、本章では、標準的な投資テキストの理論的エッセンスの問題点を指摘すると共に、ライフサイクルや人的資本を考慮した最適資産配分のフレームワークの一例を紹介してきた。前述のように、通常、投資テキストでは、マーコウィッツ流の平均・分散アプローチに則った最適ポートフォリオの決定方法が紹介されている。そのエッセンスは、各資産の期待リターンやリスクが与えられていれば、リスク許容度が高い投資家ほど、リスク資産の割合が大きいポートフォリオを選択するということである。
すでに指摘したように、個人の最適ポートフォリオを決定するさいに考慮すべき要因としては、@投資期間、A年齢、B世帯収入の水準と変動性、C保有金融資産、D家族構成、E住宅保有や教育費用の有無などが考えられる。マーコウィッツ流の平均・分散アプローチでは、これらの要因はリスク許容度に影響を与えて、最適ポートフォリオに影響を与えると捉えられることになる。しかし、これらの要因は、リスク許容度のみならず、効用関数の形状や人的資本や消費性向変更の柔軟性にまで影響を与える可能性がある。したがって、長期の資産運用のあり方を平均・分散アプローチで 考えるのには限界がある。
このため、個人投資家の長期運用の際の最適ポートフォリオを決定するためには、特にライフサイクルや人的資本を直接考慮した多期間のポートフォリオ最適化モデルが必要である。このような理論モデルをもとに、ファイナンシャルプランナーが主張する投資アドバイスの内容の正否を理論的に確認することができるようになる。
キャンベルとビセイラは、これまでのファイナンシャルプランナーのアドバイスは経験的に築かれたものであり、それを裏付ける信念が明示的に説明されることはほとんどないが、同書で紹介されている数々のモデル分析や実証分析の結果は、ファイナンシャルプランナーの経験的な議論を部分的に正当化すると述べている。彼らは、また「21世紀における最も興味深い挑戦の1つは、金融経済学者の科学的な知識をITとファイナンシャルプランナーの専門的知識に結びつけ、投資家が戦略的アセットアロケーションを実行する際の助けになるシステムを開発することである」と述べている。
わが国においても、公的年金の機能不全が指摘され、確定拠出年金や様々なタイプの投資商品が提供され、個人が自己責任において自分の資産運用の内容を決定する必要が高まるなかで、このような資産運用の体系的・理論的アドバイスを投資専門家が提供する必要性がますます高まっている。今後、わが国においても、ライフサイクルを考慮した資産配分の理論的フレームワークの研究が深まることを強く期待したい。
(第1章「ファイナンス理論からみた個人投資家の資産運用の課題」(橋文郎執筆)から抜粋 )
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