著作
企業価値向上のためのIR経営戦略
(遠藤彰郎・岡田依里・北川哲雄・田中襄一編著、東洋経済新報社、2004年)
 
企業価値向上のためのIR経営戦略 企業財務理論は、その前提として金融・資本市場は完全市場と効率的市場の要件を満たすと考える。その結果、すべての投資家は同じ情報を持ち、制限なく証券を売買でき、金融・資本市場では適正な証券価格が成立すると想定する。適正な証券価格が成立するとは、その証券のリスクに見合った期待収益率が成立するということでもある。企業の立場からみると、自社の事業リスク(事業のキャッシュフローの変動性)や財務リスク(負債の利用度)に見合った資本コストが成立しているということになる。

しかし、前述のように、金融・資本市場の完全性は実物市場に比べると高いといえるが、完全に成立するということはありえない。このため、割安・割高の証券が存在しうるのである。完全資本市場や効率的市場が成立しない要因はいくつか考えられるが、IRとの関係で重要なのは、情報の非対称性の存在である。当然ながら、現実の世界では、企業に関する情報は外部投資家よりも企業経営者の方がよく知っているのである。

また、正統的な企業財務理論では、企業の経営者は株主の代理人として、企業価値や株主価値の最大化のために行動すると想定する。株主と経営者の利益は常に一致していると想定するわけである。しかし、現実の世界では、経営者は株主の利益に反する行動をとって、自己の利益を高めることもできる。これがエージェンシー問題であり、情報の非対称性もエージェンシー問題が発生する原因の1つになっている。

企業財務理論のフレームワークに基づくと、企業によるIR活動の必要性は、理論が想定するような完全資本市場、効率的市場が成立せず、株主と経営者の情報の非対称性やエージェンシー問題が発生することによって生まれると考えられる。投資家(株主)が経営者に対して、企業価値や証券価格を判断するために必要とされる情報を要求し、経営者がそれに応えることによって、適正な企業価値や株価が成立するし、株主がそれらの情報に基づいて適切な監視を行うことによって、経営者が企業価値最大化のための経営を行うことになり、エージェンシー・コストが低下することになる。

(第2章「企業財務とIR」(橋文郎執筆)から抜粋)

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